「議論の作法」、学んだことはありますか?

 社会人のビジネスの場において、また、学生の教育の場において、議論することは日常的に行われています。

 

 にも関わらず、議論をどのように行うのかといった「議論の作法」について学んだと自信を持って言える人はどれくらいいるでしょうか?

 

 

 自分の意見だけを長々と述べる、相手の話を聞かずにただ論破しようとする、議論とは直接関係ない相手の人格や振る舞いを非難する等々、とても建設的とは言えない議論を目の当たりにした経験は誰しもあると思います。

 そうした議論ではなくて、自分の主張と相手の主張を関連させて整理する考える力、相手の話の趣旨を理解する聞く力、人格と議論を分けて考える姿勢など、「議論の作法」を学ぶ機会はまだまだ少ないというのが、現在の日本の状況ではないでしょうか。

 

「議論の作法」を学ぶ方法としての「競技ディベート」

 Japan Open Debate Tournamentでは、そうした「議論の作法」を学ぶ方法として、「競技ディベート」という手法を用いています。

 

 競技ディベートで培われる能力は米国では有用なものとして教育に取り入れられています。

ディベート教育者として著名な中央大学の矢野善郎教授は次のように書いています。

 

「もともとの英語の “debate” というのは日常用語です。全然特殊な言葉ではないです。新聞にもロックの歌詞にも “debate” なんて言葉は頻発します。もっと典型的な例だと,アメリカ大統領を選ぶ際の,候補者同士のテレビ討論,あれ “Presidential debate” と呼ばれます。

(中略)

日本の議会でどれだけ議論が行われているかは疑問もありますが。少なくとも良い政治が行われているところではよい議論が行われていると思います。

司法・裁判なんかも,まさに〈ディベート〉ですよね。その人を有罪にすべきか無罪にすべきかという公の問題についてて,検察側と弁護側が対立し,第三者である裁判官を説得する議論ですよね。

科学・学問の世界も,そうした〈ディベート〉そのものですよね。古い見解に,新しい見解を論拠を出してぶつけあう。その対極の経済の世界でも,〈ディベート〉は役に立ちます。例えば,会社の経営方針を変えるべきかそうでないかという〈ディベート〉がうまく行われば,経営の参考になります。ライバル会社の案と自分の持ってきた案とどちらが良いかで,第三者を説得するのにも役に立ちます。皆さんがこれからどういった進路を歩むかは分かりませんが,この中に含まれなくても,現代社会では,正しく身につけている限り〈ディベート〉能力はどこでも役に立ちます。

(中略)

もっともこのことは,もちろん僕が考えたことでもなんでもなくて,アメリカではきわめて常識的な見方です。というのも,アメリカでは大学当局が予算を出して〈ディベート〉チームを抱えて,〈ディベート〉能力を磨かせるんですね。しかも,〈ディベート〉を教える教授すらいる場合もあります。〈ディベート〉を学ぶことが社会に出て役に立つと考えられている典型的な例をあげましょう。N.D.T. という大学ディベートの最高峰と言われる大きな大会がありますが,ここでの優勝者はハーバードの Law school あたりに奨学金つきの無試験で入れる場合すらあります。要するに,大学で〈ディベート〉能力を十分に発揮できる人は,弁護士などになる能力を十分にもっていると認められるわけですね。」(矢野 善郎「価値ある〈ディベート〉そうでない《 ディ ベディベート》」より引用

「議論の作法」を学ぶ場を提供します。

 Japan Debate Open Tournamentは、こうした「議論の作法」を学ぶ機会として、「競技ディベート」について知り、実践する機会を創造します。

 具体的には、日本語ディベートセミナー、それに連動したオープンなディベート大会を開催します。

 「競技ディベート」というゲーム形式の討論を通じ、公的な場での議論の議論の仕方、思考の方法について学べる機会を提供していきます。

 

 

 まず、興味のある方は、「ディベート基礎セミナー」をご覧ください。